幸せな結婚と不幸な結婚の条件は価値観なのか?

幸せな結婚をするために

幸せというのは、人それぞれ。

いちがいにこれが幸せだとは言い切れない。

同じ環境であっても、それを幸せと感じる人もあれば、不幸と感じる人がいたりする。

しかもそれが結婚ということになったら、お互いの相性もかかわってくるので、ますます「これが幸せな結婚だ」などとは言えなくなってくる。

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Oさん夫妻は、だれが見ても、理想的なカップルだった。

容姿といい、育ってきた環境といい、優秀な頭脳といい、結婚式のとき「よくぞ神様が結びつけてくれたものだ」という人までいた。

ところが、このカップルは意外なところでつまずいた。

それは、小説とか映画の好みだった。

 

夫の方は、アニメとか特撮とかいった子どもっぽいものを好み、妻の方はいわゆる文芸物の価格の高いものを好んだ。

最初は彼ら自身も、そんなことは取るに足りないことと思っていた。

だが、やがてふたりはまったく別の本を読み、別々にビデオを楽しみ、その真面目さについて話し合ったりすることができないのを物足りなく思えてきた。

それが三年ほどすると、お互いに、「結局、本質的なところでお互い立場や価値観が違う性格同士なのではないか…」とすら思うようになった。

そのうち、夫の方に同好の恋人ができた。

これが直接のひきがねになり、ふたりの結婚はあっという聞に崩壊してしまったのである。

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これとは逆に、Tさん夫妻は、育ってきた環境といい、趣味といい、なにからなにまでちがうところだらけというカップルだった。

口の悪い友人は、「一年持てばいい」なんてことまで言った。

ふたりの共通点といえば、どちらも無類の猫好きということだけといってもよかった。

捨てられていた一匹の猫が出会いを生んだそうだ。

もちろん、新婚家庭でも猫を飼った。

その猫が子どもを産み、代々、育てることになった。

 

自分たちの子どもは欲しかったのだが、あいにくと子どもができなかった。

それでもふたりは、猫がいるおかげで、それほど寂しいとも思わなかった。

「おれたちって、なんだか猫の世話をするために結婚したみたいだね」

「ほんとね・・・・・・」

そんなことを語り合っている。

結婚二十年。

ふたりはいまも、充分、幸せそうである。

 

 

過激な期待をもたないこと

 

Oさんの夫妻Tさんの夫妻の例をみても、なにが結婚の幸せとなると、非常に難しいのである。

ただ、結婚に対して、過剰な期待を持つことは、やめておいた方がいいだろう。

若い人に、結婚に期待するなといっても無理だろうが、実際、結婚によって、なにもかもが素晴らしくなるなんてことがあるわけがないのだ。

過剰な期待は、大きすぎる失望を生む。

それが結婚生活にヒビをつくっていったりもする。

 

Oさん夫妻には、おそらく過剰な期待があったのだろう。

好きな世界について、夫婦で語り合うというようなイメージもあったにちがいない。

それが期待はずれだったら、今度は結婚そのものにまでなにか違和感を感じはじめてしまった。

それに反してTさん夫妻の場合は、もともと「猫の世話をするために結婚したみたい」といっているくらいだから、ほとんど期待もなかったのだろう。

期待がなければ、いいところが自につくようになる。

やがてそこに、強い絆ができていったりもする。

Tさん夫妻はそこまで見通したわけでもないのだろうが、結果的にいい方向へいったわけだ。

 

 

幸せは自分でつくるもの

 

結婚に対するのと同様に、相手に対しても過剰な期待を持たないことだろう。

基本的に、幸せは自分でつくると思っていた方がいい。

ひとりで幸せになれない人間が、ふたりいっしょになったからといって幸せになれるかどうか。

ひとりでも幸せになれる人が、ふたりいっしょに暮らせるというのがベストの結婚なのである。

 

結婚に失敗する人の多くは、相手に対して過剰な期待を持ちすぎてしまっている。

期待が大きいから、文句も出るし、ケンカにもなる。

結婚式のときに、スピーチの中にかならずといっていいくらい出てくる格言に、「結婚するまでは両目をよく開いて相手を見、結婚したあとは、片目をつむって相手を見るのがいい」というものがある。

この極意は、やはり相手に対して過剰な期待をしないということにもつながってくるのである。

 

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