失恋で辛い時や苦しい時に助けてあげれる1ページ

別れを受け入れた私を好きになるために

彼から別れを告げられたときは、その悲しみが耐えがたく、一時は自殺を考えたりもしました。

でもなんとか立ち直ることができました。

しばらくは失恋した不幸な私の運命を嘆いていましたが、今はそうは思っていません。

不幸どころか、むしろ失恋したことがよかったと思えるようになりました。

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失恋による心の痛みを訴えてくる話や手紙は多いが、そこから立ち直ったことを知らせてくれる手紙は多くない。

それにしても、死にたいと思うほど失恋の悲しみの中にいた人がどうやって立ち直ったのだろうか。

多少は、読んだという私の本の影響があったとしても、彼女自身にどういう変化が生じたのだろうか。

時聞が彼女の悲しみを取り去ったのだろうか彼女の視座が、モノの見方が変わったからだろうか。

 

 

一歩離れた場所から「泣いてばかりの私」を見てみよう

 

物事には必ず両面がある。

一枚の紙に表があれば、裏もあるように、マイナスの面もあればプラスの面もある。

すべてマイナスなどということはありえないのだ。

人生における出来事の受けとめ方も、大きく分けて三つある。

マイナスの面だけを見るという受けとめ方。

プラスの面だけを見るという受けとめ方。

そして両面をしっかり見ながら受けとめるという見方である。

 

マイナスの面だげを見るという視座に立っていると、すべて物事のマイナスの面ばかりが目につくもの。

反して、プラスの面を見る視座にいる人はプラスの面ばかりが目に入る。

この視座を転換することが必要なのだが、それが簡単にできないのだ。

それは、イスの視座に立っている人は、自分がそこに立っていることすら見えない。

気がついていないことが多いからだ。

そこで必要なのが、もう一つ別の視座だ。

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自分が見えるようになる高い視座に立って見るということだ。

高い所に立つと、自分が見えてくる。

マイナスの面ばかりを見おろている自分、マイナスの視座に立っている自分が見えてくる。

また、そのことの愚かさも見えてくるのだ。

それは、高い所に立つことで物事や自分が立体的に見えてくるからだ。

マイナスの面ばかり見て、プラスの面を見落としている自分、そういう自分に気がついてない姿が見えてくるのだ。

そもそも、人生には二つの軸がある、と私は考えている。

 

一つは、ヨコの軸。

生まれてから今までの人生の歩みの中で起こってきた出来事の連続。

これを時間軸と言ってもよい。

その出来事に自分が一つひとつ反応している体験の連続。

その出来事に喜怒哀楽の思いを抱き、反応する自分の態度、言動の連続で構成されている軸だ。

 

もう一つはタテの軸。

時の流れの中に起こる出来事を、人生という長い軸、世界(宇宙も)というもっと広大な視座から見て、その一つひとつの出来事の意味や価値を考え、体験を経験に深めるというもの。

これを精神軸と言ってもよい。

このタテの軸の上に位置する自分は、ちょうど山の頂きから四方を見るように、前も、後ろも、下も視界に入ってくる。

今まで歩んできた過去の自分が見える。

悲しみ悩んでいる今の自分も見える。

そこでやるべきことを怠っている自分、また、周りの人たちや自然のいのちに守られ、支えられ、生かされている自分が見えてくる。

尊いのちを与えられ、一所懸命に生きている自分、愛を求め、愛の人になることを求めて生きようとしている自分、生きつづけている自分が見えてくる。

 

さらに、長い人生のスパンの中で、いま体験していることの意味や価値を思い巡らすこともできる。

こういった広くて高い視座から、今の自分を見つめ直すことが自分の視座の転換をもたらすのだと思う。

また、こういう視座から見つめ直した自分は、たとえ失恋の痛みを感じていても、その痛みに圧倒されることがないのだ。

失恋したことの意味、去って行った人の再評価ができるようになる。

さらに、彼こそ赤い糸で結ぼれた、「運命の人」と思いこんでいた自分を評価することもできるようになる。

そして、別れを受け入れられる自分、去った人に自分も別れを告げ、手放すことができる自分をよしとし、そんな自分を好きになることもできるのではないだろうか。

 

 

失恋で自分を失う人、自分を発見する人

 

世の中には、失恋して自分を見失ってしまう人がいる。

見失うだけでなく、自分を失くす人もいる。

一人の男が自分から去って行ったにすぎないのに、すべての男は自分から去って行ってしまうのだと錯覚してしまうのだ。

少なくとも、そういう幻想にとらわれてしまう。

また、自分はこれから永遠に人を愛する資格がないと思いこむばかりか、生きている資格もないと思いつめ、自殺を選ぶ人もいる。

 

その一方、失恋によって自分を発見する人もいるのだ。

失恋という出来事に映し出される自分を見つめ直し、マイナスの面(醜い自分)もプラスの面(魅力のある自分)も発見する。

失恋するまでは見えなかった自分を発見する人もいる。

失恋をマイナスに受けとめている自分、失恋を人生の危機であるかのように右往左往している自分、相手に執着している自分、相手の人自身ではなく、相手のある部分に愛着していた自分を発見する。

こんな知らなかった自分を発見し、気づきを深めることで、より自分らしい自分に成長するチャンスとする。

 

はじめに紹介した手紙の女性は、きっとこんな体験をしたのではないかと思う。

自分を失っていた彼女、失恋によって一時期は自分を見失ってしまっていた彼女が、視座が変わった結果、自分を発見したのではないか。

本当の自分をとりもどしたのではないかとも思う。

 

失恋という出来事を通し、自分を嫌いになる人もいる。

そういう人は、もともと自分が嫌いだったのかもしれない。

その嫌いな自分が失恋によって、表に出てきたのかもしれない。

あるいは嫌いな面が強化されたために、ますます嫌いになってしまうの かもしれないのだ。

人は、そういう自分に気づくことが必要だ。

そういう自分から脱け出るためには、本当の自分を知ることが欠かせないのだ。

 

一方、失恋によって、自分を好きになる人もいる。

自分の嫌な面に気がとらわれていた自分、好きな面を見失っていた自分に気づき、改めて自分を好きになる人もいる。

あるいは、もともと自分が好きであったのかもしれない。

だから、一時的な悲しみにも耐え、克服できるのかもしれない。

そして、そういう自分をもっと好きになり、失恋の体験を通して学んだことを糧にして、次の恋愛に立ち向かう勇気をとりもどすことができるのだろう。

 

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