将来彼氏と結婚できるか不安な方へ

3ヶ月で結婚までいく恋と10年付き合っても別れる恋の違い

数週間前に、10年つき合っていた彼と別れることになりました。

彼に好きな人ができたのです。

私は言葉では表現できない悲しみに、泣き明かす夜を過ごしているといった状態です。

彼こそ、運命の人と思っていただけに、信じられません。

彼とのこれまでをいろいろと思い起こしては悲しんでいます。

これまでに、何度か一時的にぎくしゃくしたことはあったのですが、縁があるはずだと思って彼についてきたのに…

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10年もつき合っていて別れた。

それも彼の方から去って行った。

その悲しみの大きさが私には想像できる。

と同時に、少し酷かもしれないけど、その10年間にどんなつき合い方をしてきたのかと聞いたくなる。

恋が実るか、実らないかは時間の長さによって決まるものではないと思う。

その中味が問題ではないだろうか。

 

質的にどんな関係であったかによって決まるのだ。

長いつき合いであっても、浅く表面的、部分的な関係であったかもしれない。

また、二人だけの閉ざされた関係に浸りっぱなしで、心を外に聞くことをせず、人間的に成長してこなかったのかもしれない。

そんな自分に相手が魅力を感じなくなったのかもしれない。

10年といえば長い年月だ。

その間に人は成長するのが普通だ。

興味の対象も、モノに対する考え方も。

人生観も変化することもあり得るのではないだろうか。

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結婚にふみきれないニ人

同じ長いつき合いでも、深い関係を築き、全体的なつき合いをしてきたという人もいるだろう。

そして、深いつき合いをする中で、お互いにかみ合わない部分、異和感を生ずる部分と対面し、それらと共生するための知恵やノウハウを身につけることができるということもある。

そして結婚にゴールインする人も。

逆に、どうしても二人はかみ合わないことがわかり、別れを決意する人もいるにちがいないと思う。

 

一方、短いつき合いであっても、恋を実らせ結婚にゴールインする人がいる。

そういう人は、短くても深いつき合いができる人かもしれない。

どんどん自己開示ができて、お互いに理解を深めることができる人なのかもしれない。

あるいは、そんなに深いつき合いにならずとも、体験した範囲において、この人は信じられる人、安心できる人、一緒に生活できる人だという思いに至るという場合もあるだろう。

多少の不安はあっても、相手を信じて結婚する決意ができる人もいると思う。

そもそも、結婚とは未知のこと。

二人の将来について不安を抱くのは当然。

そして、その不安にとらわれて、いつまでも結婚する決心がつかない人は少なくないようだ。

 

ある女性は、恋人から結婚の話が出ると、なにかと理由をつけて関係を終わらせてしまう。

そういうことを何回もくり返し、いつまでも結婚できないでいる。

その女性には、結婚によって親しい関係になることの恐れがあった。

体も心も裸にされ、自分の本当の姿(特に欠点)が相手に知られるのが恐いというのだ。

そのときに相手から拒絶されてしまうのではないかという不安にとらわれていたわけである。

 

結婚に不安はっきもの。

そもそも、weddingのwedとは賭けること、その進行形、つまり賭けつづけることを意味する。

不安は不安として認めながらも、今、目の前に起きていることに誠実に真剣に取り組めば、やがてその不安も少しずつ、自然に消えていくのだと思う。

くり返して言おう。

恋が実るか、実らないかを決めるのは時間の長さではなく、二人の関係の中身、質なのである。

そして、未知の不安をのりこえる心の構えなのだと思う。

 

「運命の人」とは赤い糸で結ぼれている?

ところで、恋が実り結婚に至るのは、「二人は赤い糸で結ぼれていた」からではないかという縁という考え方に組みする人も少なくないようだ。

何かわからないが、大いなる意志によって結び合わされる運命にあるという思想だ。

それが運命の人であると思っている人が少なくないと思う。

 

男と女が結ばれ、夫婦となる相手とは生まれながらに赤い糸で結ぼれていると信ずるか否かは別として、二人は縁があって結ぼれると思う人が少なくないと思う。

そして、その男女の仲介をすることをか縁結びと称する習慣がわが国にはある。

一方、恋愛関係であれ、夫婦関係であれ、男女が別れを決心するときに、「もともと縁がなかった」と自分に言い聞かせて納得する。

それが絶縁であると考えるのだ。

 

人間とは勝手なもので、二人の関係がうまくいっている間は「よい縁だ」「赤い糸で結ばれた関係だ」と肯定的に解釈し、一方、そうでなくなると「縁がなかった」と 否定的に受けとめる。

この縁結びという思想は、ある意味では大切なことを教えていると思う。

私は、こんなふうに考える。

 

赤い糸で結ぼれているかどうかは別として、せっかく結ぼれた仲。

たとえ、ケンカしたり傷つけ合ったり背を向け合うことがあったとしても、人間としての基本的な欲求を充たすために結婚する。

そして、その目的を果たすのに必要な愛し合う知恵や技能を学ぶために結ぼれた仲。

そういう目的のために縁があって結ぼれた仲であると。

 

「赤い糸」で結ぼれた男女の物語は世にたくさんあるが、その大半の物語は、「こうして二人は結婚し、仲よく幸せに暮らしました」という結びの言葉で終わるのがきまりとなっている。

でも、現実の世界はちがうのだ。

結婚した後の二人の関わり方によって、幸せな日々がつづくかどうかが決まるのだ。

結ぼれた後に、うまくつき合っていくために、また、うまくやっていこうと努力する人もいれば、結婚したことに安心し、甘え、愛する人になる努力を怠る人もいるのだ。

そして、結婚を破綻させてしまう人も。

 

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