傷つけない別れ方や振り方はある?

だれも傷つかない「別れ方」を知っていますか?

先日、彼から『別れる決心をした』と告げられました。

なのに、そのことについて話し合うことを彼は避けています。

そういう彼の行動に私の心は傷ついています。

尻り切れトンボのようで、後味が悪い感じです。

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私は、彼を愛しているので彼を傷つけたくないのですが、こんな仕打ち(?)をされると、気持ちとしてはいじわるをしたくなっています。

かといって、ストーカー行為をしようなどとは思っていません。

だれも傷つかない別れ方ってあるのでしょうか…

 

一時は愛し合った男女が別れを体験する。

その場合に心が傷つくということは避けられないのではないかと、私は思う。

愛情が深く注がれた関係であれば、それだけ痛みが伴って当然なのだと思うのだ…

 

そういう意味では恋愛関係をはじめるときに、失恋の痛みを覚倍して取り組むことも必要なのではないかと思う。

もちろん、双方の愛情が冷めてしまった場合の別れであれば、痛みが伴うことはないだろう。

反して、片方が関係を断つことを望んでいない場合には、痛みが生ずることになる。

さらに、別れることで傷つく相手に対して心の痛みを感ずるということもあるだろう。

これらのことを考えると、多少、傷つくことは避けられないにしても、傷つくことが少なくてすむような別れ方をするに越したことはないと思う。

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思いやりのない別れ方、思いやりのある別れ方

別れ方にもいろいろとある。

相手に対する思いやりのない別れ方もあれば、逆に、思いやりのある別れ方もあるはずだ。

たとえば、思いやりのない別れ方にはこんなやり方がある。

 

①逃げる

「メールする」「電話する」「手紙を書く」と言っておきながら、実行しないまま逃げてしまう。

「会って話をする」と約束しながら、その日になってキャンセルしてくるとか、ひどいのは約束をすっぽかす。

「忙しいから会えない」などの理由で会って話をする時聞をとらない、など。

 

②別れたくなるように仕向ける

さんざん相手をけなすなどして、相手に負の感情を募らせる。

嫌いになってもらうことがねらい。

 

③相手に言わせる

さまざまなヒントは出すけど、自分の方から「別れたい」とは言はないで、相手が「別れたい」と言うのを待つ。

一種の責任を回避する卑怯なやり方。

これは相手の心を深く傷つけることになる。

相手を怒らせ、ストーカー行為に追いやりかねない。

 

一方、思いやりのある別れ方にはどんなものがあるだろうか。

 

①本当の自分の思いを素直に伝える

これは、相手が本当のことを受けとめる力があると思えばこそできるわけだ。

そこに相手に対する思いやりが感じとれるのではないだろうか。

 

②全体的な否定や批判をしない

相手の嫌いな部分、自分を不快にする部分を指摘する際には、あくまでも、自分とは合わないことであって、それがだれとも合わないというものではないことを告げる。

自分にとってのかみ合わない相手の短所は、別の人にとってはかみ合うかもしれないし、また、長所として受けとられるものかもしれないのだから。

相手の長所を一方で指摘するという思いやりも示したい。

 

③相手から学んだこと、自分の成長に役立ったこと、共に有意義で楽しい体験をしたことに対する感謝の気持ちを伝える

面と向かって伝えにくいなら、手紙ででも伝えることができる。

実は、これを怠ることが後味の悪さを残すことになるのだと思う。

何ヶ月か何年かのつき合いが、お互いにムダでなかったことを確認することは非常に大切だと、私は思う。

人間としてのプライドや人格を傷つけない(自分が傷つかない)ための必要な配慮ではないだろうか。

 

④TPO(時と場所と状況)を考慮する

相手が他のことで多くの悩みを抱えていないような状況や時を選ぶという配慮も欠かせない。

大きな喪失体験(たとえば、家族との離別など)の後は避けるとか。

「別れ」を告げたときに、相手がそれに対して反応を直接示せるような状況や時も選ぶことにも配慮が示される。

一方的に「別れ」を告げられ、直接的に反応することができないような別れ方はむごいやり方なのだ。

それも、ストーカー的行動を招きかねない。

いずれにせよ、愛し合う関係を通して、お互いに少しでも愛することを学び、「愛する人」に成長したのであれば、別れにおいても、思いやりのある別れ方により、相手に対して愛を示すことが期待されても不思議ではないと思うのだが…

 

「さよなら」を受けとめる力はこうしてつくる

でも現実は、そんなきれいごとではなく、厳しく、酷い別れ方をしている人が多いのだと思う。

そこに私は人間の業を想う。

あんなにまで愛し合っていた人たちが、どうしてこんなにまで酷い別れ方をするのかと、その不可解さを理解できないことが起きるのだ。

とするなら、別れに直面しても、自分が傷つかない策を考えなければならないのだ。

 

相手が私を傷つける意志がある場合は別として、傷つける意志はなくても、自分が勝手に傷つくという場合もあると思う。

ここで大事なことは、不必要に、自分で自分を傷つけるようなことはできるだけ避けるということ。

それは、「別れ」の受けとめ方によって防げると思う。

 

一つの失恋の体験は、私の人生の失敗を意味しない。

一つの失恋は私の人生の終わりを意味しない。

だから絶望するような出来事ではない。

一つの失恋の体験が、私に人を愛する資格や能力がないことを意味しない。

一人の男とうまくいかないことは、すべての男とうまくいかないことを意味しない。

一人の男に嫌われても、私の女性としての魅力がないことを意味しない。

 

失恋は、私の本当の「運命の人」と出会うきっかけになる。

別れについてのこんな見方、受けとめ方をすることで、自分が傷つくことを防ぐばかりか、成長のチャンスにすることができるのではないだろうか。

 

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