マンネリ化しないカップルの恋愛とは?

楽しくなくなった彼との時間、ちょっと無理している自分

なんだかわかりませんが、彼と一緒にいても楽しくないって思うことが最近多いんです。

デートしても前みたいにドキドキしません。

今日はやめようかな?って、出かけるときにふと思ったりして。

でもそのまま出かけたときは何か後味が悪く、ムダな時聞を過ごしたなって感じ。

これがいわゆるマンネリなんでしょうか。

何か強い刺激があることをやれば乗りこえられるのでしょうか?

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マンネリとは、「一定の技法や形式を反復慣用し、固定した型にはまって独創性と新鮮さを失うようになる傾向」(『広辞苑』)ということだ。

同じパターンでデートをくり返すことがマンネリ化して、楽しみが薄くなる。

恋愛の過程でよく起きる現象だ。

なぜ、そうなってしまうのだろう。

 

原因はいろいろとあるが、その一つは、同じ行動をくり返すことにある。

レストランで食事して、映画や音楽会に行ってと、同じパ ターンをくり返すようなデートの内容は飽きを招く。

同じ食事をするにも、ときには二人で作るとか、映画もビデオを家で観て、その感想を周りの人と気にせず話し合ってみるとか。

少し工夫してみればよいのだ。

ここで、大事なことはマンネリを感じはじめたときに、その責任を相手に転嫁せず、問題意識を持った本人が率先して行動をとるということだ。

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楽しませてくれない彼に不満をつのらせる前に

 

複数でデートしているときは、彼はよくしゃべり、 みんなを笑わせていた。

楽しい雰囲気を作るのが上手で、みんなから面白い人と評判の彼。

その彼と二人っきりのつき合いになり、何ヶ月かはいい関係だった。

食事の席でも、率先して話をし、私を楽しませてくれていた。

それが、この噴は、黙って食事することが多くなってしまって…

 

食事が楽しくなくなった原因は何なのだろう。

彼女の話を聞いていて、どうも彼女自身にあるように思えてきた。

食事の席での会話を楽しくするのは彼の仕事、私を楽しませてくれるのは彼の責任、それが彼の役割、といった彼女の思いが感じとれた。

自分が楽しいか、楽しくないかのすべては彼に責任があるといわんばかりに、自分の責任を放棄をしている姿が見えてきた。

 

楽しくないという問題意識を持ちながら、その原因を考えずに、現象だけを見て、そこに感ずる自分の不満の感情にとらわれている。

これでは、楽しくないという問題は解決しないのだ。

そればかりか、責任を転嫁するスタンスをとる彼女に失望し、彼の心が彼女から離れていってしまったとしても不思議ではないのだ。

実は、そういう彼女の無責任で依存的な性格や態度が、楽しい会話が消えてしまった大きな原因かもしれないのだ。

そして、そのことに彼女が気がついていないことが問題なのだ。

 

そこで一つの問題を提起しよう。

「楽しいことをやれば楽しめるのか。それとも、やることを楽しむから楽しいのか?」

世の中には、「楽しいことをやれば楽しめる」と考えて、いわゆる「楽しいこと」を求めつづける人が少なくないと思う。

美味しいグルメを食べ、美味しい酒を口にし、カラオケ、ダンスに興じ、映画、コンサートに足を運び、ドライブに出かけたりと、楽しいことをやることが自分を楽しませてくれると考えている。

そういう楽しみを外に求め、自分を楽しませてくれる相手を選ぶ。

でも、あえて申すと、こういう楽しみは一過性のもので長くつづかない。

また、習慣化し て、マンネリを招いてしまうのだと思う。

 

これに反して、一時的ではなく、継続性のあるか楽しみ々を楽しむという世界があるのではないだろうか。

それが、「やることを楽しむ」という心の構えがもたらすものだ。

人生には、楽しくないこと、つらいこともやらねばならないことがたくさんある。

学びも仕事も。

さまざまな人間関係もそうだ。

世帯をもったら家事も。

子どもを産んだら育児も。

これらのことを、嫌だと思いながらやったら、すぐ疲れてしまうし病気にもなってしまう。

 

もちろん、充実感なんてない。

かわりに、同じやるにも、やると決めたことは楽しんでやるしかないのだ。

楽しんでやれるように考え、工夫してやることだ。

これは、悩み多い人生を楽しく生きるためにも欠かせない生きる知恵だと思う。

 

ニ人でいることの喜びのレベルを上げる

ここで、もう一つの問題を提起しよう。

楽しみが先か喜びが先かという問題だ。

楽しさが喜びを生むのか、それとも、喜びが楽しさを生むのだろうか。

「鶏が先か、卵が先か」の議論のように判断はむずかしいけれど、私は、「やることを喜ぶことが楽しみを生む」と思うのだ。

喜ぶという心の姿勢や態度が、楽しむことを可能にし、楽しい気分をもたらすのではないかと。

 

さて、同じか喜びにもいくつもの種類があるだろう。

少なくとも次の5つがあると思う。

 

①受ける喜び。

他人から何かをもらったとき、何かをしてもらったときに感じる喜び。

恋人からの贈り物、愛の告白、人びとの優しさ、思いやりの行為。

ぞれが物質的なものであれ、精神的なものであれ、それを受けたときに生ずる喜び。

 

②する喜び。

行動すること自体に感ずる喜び、趣味、仕事、家事、育児など、行動することで健康であること、生きていることの喜びを感じる。

 

③できる喜び。

目標を達成したときに味わう喜び。

スポーツ、勉強、習い事、仕事、出産、育児など。

 

④与える喜び。

他人に喜んでもらう喜び。

愛する喜び。

必要とされていることをしてあげる喜び。

ボランティア活動なども。

 

⑤受け入れ合う喜び。

相手の行為を受け入れ、また、自分の存在や行為が認められ受け入れられるときに生じる喜び。

 

今、自分がやっていることの中味をたしかめ、そこに喜びを見出し、また、喜びのレベルを高める努力を、まず自分から試みることが、マンネリから脱皮する秘訣だと私は思う。

楽しくないことの責任を相手に転嫁せず、自分の責任において楽しくなるように努めることだ。

 

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